札幌地方裁判所 平成7年(ワ)2626号 判決 1996年5月16日
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
相原わかば
同
伊藤誠一
被告
株式会社乙山
右代表者代表取締役
乙山太郎
被告
乙山太郎
右二名訴訟代理人弁護士
田中宏
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金七〇万円及びこれに対する平成七年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告らは、原告に対し、連帯して金三〇〇万円及びこれに対する平成七年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告株式会社乙山(平成七年八月三一日の組織変更までは有限会社乙山。以下「被告会社」という。)に勤務していた約一か月半の間に、被告乙山太郎(以下「被告乙山」という。)から性的嫌がらせ行為等を受け、これにより被告会杜を退職せざるを得なくなり、精神的損害を被ったとして、被告乙山及び被告会社に対し、不法行為責任に基づく損害賠償請求をした事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、昭和四九年一一月一七日生まれの女性である。
被告会社は、中古自動車販売業などを営んでおり、被告乙山は、被告会社の代表取締役である。
2 原告は、平成七年五月一日に被告会社に入社し、同年六月一五日に退職した。その間、原告は、札幌市東区<番地略>所在の被告会社の事務所(以下「事務所」という。)において、洗車、一般事務、電話番等に従事していた。事務所は、被告乙山と原告及び店長である丙川二郎(以下「丙川」という。)の三名だけが勤務する職場であった。
二 争点および主張
本件における主要な争点は、被告乙山による性的嫌がらせ行為等の存否である。
1 性的嫌がらせ行為等の存否(原告の主張)
原告は、在職期間中、被告乙山がその雇用契約上の地位を利用して行う別表「原告の主張」欄記載のような性的嫌がらせ行為等を受けた。
(被告らの主張)
原告の主張する性的嫌がらせ行為等は、全て否認する。
別表「原告の主張」1につき、被告乙山は、自宅から事務所に朝電話をかける必要はないし、その他の行為に関する原告の主張も虚偽であり、荒唐無稽なものである。
事務所には丙川が常駐しており、被告乙山と原告が二人だけになる機会はないし、被告乙山が自宅部分の掃除を命じたり、二階寝室に呼び入れるなどといったこともあり得ない。原告主張のように、原告が入社した平成七年五月一日に性的嫌がらせ行為があったのなら、その日のうちに抗議するのが当然であるが、そのような抗議はなかった。
原告が被告会社を退職したのは、原告は仕事が極めてルーズで、被告乙山から再三注意を受けたが、被告会社が期待するような仕事をする能力がなかったからであり、性的嫌がらせ行為等を理由とするものではない。
2 被告会社の責任
(原告の主張)
被告会社は、有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項に基づき、その代表取締役たる被告乙山が同社の職務を行うについて行った前記行為について不法責任を負う。
3 損害
(原告の主張)
前記のとおり継続して行われた被告乙山による性的嫌がらせ行為等による原告の精神的苦痛を慰謝し、右行為がなければ、原告において引き続き勤務を継続できたであろうという原告の期待権への侵害を填補するには、金三〇〇万円が相当である。
第三 争点に対する判断
一 性的嫌がらせ行為等の存否
1 別表「証拠」欄記載の証拠によれば、同表「原告の主張」欄記載の事実をすべて認定することができる。
2 被告らは、仕事をする能力がなかったために退職した原告が、性的嫌がらせを受けたために退職を余儀なくされたなどと虚偽を述べている旨主張する。
しかし、(一)原告は、被告会社に勤務している間に、丙川に「そろそろやばい。助けて。やられそう。」などと告げていたほか、被告会社との関連会社で近くにある株式会社丁山に勤務する北原、越後屋及び上田などに対しても、被告乙山から受ける性的嫌がらせについて相談していたこと(原告本人、丙川証言、甲二、甲一〇)、(二)原告は、被告会社に関係のない複数の友人に対しても、被告乙山から受けている性的嫌がらせを打ち明けて相談し、弱気な様子も見せていたこと(原告本人、甲三ないし六)、(三)被告乙山の指示により、丙川が右丁山に行かされることがよくあり、その間、事務所には原告と被告乙山だけが残る状態となったが、丙川は右丁山では特に用事がないことが多く、仕事がなくて時間を持て余すことも三、四回程あったこと(甲二、甲一〇)、(四)原告は、被告会社に就職することにより自動車関係の仕事につくという念願がかない、仕事上の失敗があって被告乙山から叱責されたり、前記認定のような性的嫌がらせ等を受けても我慢していたが、別表「原告の主張」12のとおり、同年六月一五日夜の被告乙山の性交要求が余りにも執拗であったため、ついに自ら退職を申し出ざるを得なくなったこと(原告本人)からすれば、原告は、被告会社に勤務している間に、被告会社内などで被告乙山と二人だけになって原告の主張するような性的嫌がらせ行為等を再三受け、そのために退職するに至ったことが裏付けられ、被告らの右主張は根拠がない。
なお、右認定に反する被告乙山本人の供述は、それ自体不自然で曖昧な点が多く、信用できない。
二 被告らの責任
1 被告乙山の責任
前記一1認定の事実によれば、被告乙山が原告に対し継続的に性的嫌がらせ行為等を行うことにより、故意に原告の性的自由を侵害し、かつ、その結果原告を被告会社から退職することを余儀なくさせたことが認められるので、被告乙山は原告に対する不法行為責任を免れない。
2 被告会社の責任
(一) 被告乙山が右のとおり不法行為責任を負う場合、被告会社もまた有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項により損害賠償責任を負うか否かは、結局、右不法行為が、被告乙山が「職務を行うにつき」なされたか否かにかかる。
(二) この点に関し、関係各証拠から認められる事実(前記認定の事実及び争いのない事実を含む。)は、次のとおりである。
① 原告は、かねて二〇歳になったら正社員として働くことと自動車関係の仕事につくことを希望していたところ、被告会社に入社することによってその希望がかなったこと(原告本人)
② 被告乙山は、被告会社の代表取締役で、実質的なワンマン経営者であり原告の事実上の雇用主であったこと(丙川証言、原告本人、被告本人)
③ 被告乙山は、別表「原告の主張」1の行為を被告乙山宅から事務所への「定時連絡」として行ったり、同8の行為を、仕事上の注意を与えるためとして、原告を呼びつけて自分の側に座らせて行うなど、被告会社の経営者の職務の形を利用して行っているものがあること(丙川証言、原告本人)
④ 被告乙山は、原告に交際を迫り、あるいは性交を強要する際、「お前は俺と関係を持てば仕事ができるようになるから。」「仕事をしていく上で、男同
別表
原告の主張(いずれも平成七年)
証拠(原告本人以外)
1
遅くとも五月中旬ころから原告の退社まで、週に三ないし四回の割合で、朝に事務所と同一建物内にある自宅から事務所に電話をかけ、電話を受ける原告に対して、「そろそろやらせろ」等と執拗に交際を迫った。
甲二丙川証言
2
事務所内で、原告に対して、五月一日に「男と女なんだからセックスの話しかない。」と述べたのを初めとして、以後、同内容の言葉や「胸が大きい。触らせて。」等の言動を繰り返した。
甲二、三、七
3
事務所内で原告と二人だけになった時に、原告の背後から抱きつき、原告の胸、膝、臀部などを触るなどの行為にたびたび及んだ。
甲二、六、九、一〇
丙川証言
4
五月一三日夕方、原告所有の自家用車を原告宅に運ぶために、被告乙山運転のトラックに原告が同乗して原告宅に向かう途中、原告に対して性交を迫った。
甲七
5
五月二三日午後八時三〇分から九時の間、事務所内で原告と二人だけとなった折、茶碗を洗っている原告に対して、自分と性交すれば仕事がうまくいく旨述べて、その背後から抱きつき、原告の着衣の中に手を差し入れ、下着の上から原告の胸を触った。
甲一、三、六、七
6
六月三日昼過ぎころ、事務所内に原告と二人だけとなった折、事務所と部屋続きになっている被告乙山宅の居間に原告を呼び入れ、向かい合わせに座らせ、原告の両手を握り性交を迫った上、事務所に戻ろうとした原告に抱きついた。
甲二、七
7
六月六日午後八時四五分ころ、原告が帰宅しようとするのを引き止め、原告の腕をつかんで事務所と部屋続きの被告乙山宅に同行し、居間に引き入れたうえ、「事務所だけでなく二階も掃除して欲しい。」等と述べて仕事の一環であるかのように思わせて二階の寝室に呼び入れ、警戒していた原告が部屋を出ようとしたところ、その両腕をつかまえてベッドの上に押し倒そうとし、原告はこれに対して抵抗を試みたが、結局ベッドの上に押し倒された。
甲一、三、六、七、九
8
六月八日午後三時ころ、事務所内に原告と二人だけとなった折、原告に対し被告乙山のそばに腰掛けるように命じ、やむを得ずこれに従った原告の大腿部を触るなどしながら性交を迫った。
甲一、二
9
六月九日昼過ぎころ、事務所内に原告と二人だけとなった折、唐突に原告の耳をなめた。
甲七
10
同日午後三時半ころ、二人で買い物に向かう途中の被告乙山運転車両の中で、原告の両膝から大腿部にかけての部分及び胸を触った。
甲一、二
11
六月一五日昼過ぎ、事務所内に原告と二人だけの時、原告に対して「お前が仕事ができないのは俺とやらないからだ。」と述べて性交を迫り、原告がこれを拒むと、「拒否するのは仕事を続ける気がないということだ。」と述べた。
甲三、六、七、一〇
12
同日午後七時過ぎころ、事務所内に二人だけの時、原告に対して、仕事のことに関して「長く続ける気はないのか。」「結局どうするのだ。」等と述べつつ、執拗に性交を迫った。
甲三、六、七、一○
士だったら同士にもなれるし仲間にもなれるけれども、男と女は、まして年が離れているんだから、共通の話題というのは、みんなが分かるセックスの話しかない。」「辞めるのか、自分と関係を持つのか。」など、仕事の話とからめて性的な発言を繰り返し、雇用主たる地位を利用していたこと(甲一〇、丙川証言、原告本人)
⑤ 被告乙山の性的嫌がらせ行為等は、別表「原告の主張」4以外の行為はすべて原告の勤務時間中に行われているほか、右4の行為に関しても、勤務時間外に原告と被告乙山がトラック内で二人だけとなったのは、被告会社の飲み会の後に原告所有の自動車をトラックに積載して送り届けるという被告乙山の申し出を、原告が断わり切れなかったことによるものであること(原告本人)
⑥ 被告乙山の右各行為は、その多くが事務所内で行われているほか、その余の行為も、事務所と部屋続きの被告乙山宅や被告乙山又は被告会社が所有し、被告乙山が運転する乗用車内やトラック内で行われたものであること(なお、被告乙山が運転する乗用車に原告が同乗したのは、原告の勤務時間中で、被告乙山の指示によって買い物に同行するためであった。)(原告本人)
⑦ 被告乙山は、被告会社の経営者という地位を利用して、丙川を、特に用事がないのに前記丁山に行かせたり、事務所外で洗車作業に従事させるなどして、事務所内に原告と二人だけとなる状況を作り出したうえで、原告に対し性的嫌がらせに及んでいたこと(丙川証言、原告本人)
(三) 右各事実を総合すると、被告乙山の各行為はいずれも、被告会社の代表取締役である被告乙山が、原告がようやくかねての希望がかなって被告会社に入社できたことを知りながら、原告の勤務時間中あるいはこれに準ずる時間帯に、被告会社の事務所内や被告会社の代表取締役としての被告乙山の管理支配の及ぶ場所において、しかも、被告会社の代表取締役としての職務権限を用いて行われたものというべきである。そして、このことと、被告乙山の一連の行為が原告の被告会社に在職中の約一か月半の間に継続的に行われたもので全体として一個の不法行為と評すべきことを考えると、右不法行為は、被告乙山の代表取締役としての立場と密接不可分で、その職務執行を離れては実現され得ないものであって、結局、右不法行為は、被告乙山が職務を行うにつきなされたものというべきである。
三 損害
前記認定のように、被告乙山が、原告に性交を迫ったほか、性的言動を繰り返し、あるいは抱きついたりベッドに押し倒す等の実力行使に及んだことは、原告に対し、性的羞恥心、嫌悪感を催させ、それ自体精神的苦痛を与えるものであることは言うまでもない。それのみならず、希望がかなって勤務するようになった被告会社を、その代表取締役である被告乙山の理不尽な性的嫌がらせ行為等によって退職せざるを得なくされた原告の精神的苦痛にもまた、十分な慰謝が必要と認められる。
これらの事情や、原告が本件当時二〇歳の女性であったこと、原告の被告会社における在職期間や職種、被告乙山の行為の内容、態様、その頻度、被告乙山には自己の非を認めて謝罪する等の誠意ある態度が全く見られないことなど、諸般の事情を考慮すると、原告の精神的損害に対する慰謝料の額は、七〇万円とするのが相当である。
四 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告両名に対して各自七〇万円の支払を求める限度において理由がある。
(裁判官笠井勝彦)